ジャーナリストの下村健一さんが、障害者の職場を訪問し、インタビュー。
働く障害者と、雇用する担当者、実際の現場の様子を取材しました。

建設機械・車両などの製造メーカーとして世界各地で事業を展開するコマツ(小松製作所)。連結子会社は世界164社、連結社員数は3万9855人でうち約50%を外国人が占める。そして社員数約1400人の本社では、現在11人の知的障害者が人事部に所属。メインの郵便物集配作業のほか、コピー、製本、スキャンなど他の部門からもさまざまな業務を請け負い、知的障害者がひとりで出張作業に行くことも。
就労支援機関との連携なくして、知的障害者の雇用と定着は成しえなかったと語る「人事部ビジネスクリエーションセンタ」の木村道弘所長にお話を伺った。
http://www.komatsu.co.jp/

 

雇用担当者 インタビュー記事

お話を伺った方
木村道弘(きむら・みちひろ)さん
株式会社 コマツ 人事部ビジネスクリエーションセンタ所長
昭和22年生まれ。「人事部ビジネスクリエーションセンタ」の立ち上げを行い、運営を担っている人物。「出張作業」などのアイデアをもち、社内での仕事の創出、社内で障害者があたりまえに働くことを認知させるための事業展開に務めている。

就労支援機関のサポートを得て知的障害者の雇用プロジェクトを開始

下村 まず、ビジネスクリエーションセンタをつくるきっかけからお聞かせください。

木村 2006年の暮れに、障害者雇用率が法的基準に達していなかったため、ハローワークから指導を受けたことです。ちょうど当社の業績が好調な時期で、生産量が増え、雇用を増やした時期でした。雇用者総数が増えて“分母”が大きくなり、一方で身体障害者の雇用はなかなか進まない。そのため、法定雇用率に届かない状態になり、ハローワークから「3年間で改善してください」と。それをきっかけに、知的障害者の雇用をすすめていくプロジェクトが始まりました。

下村 木村さんがプロジェクトの責任者を任されることになったわけですが、その前はどういう部署に?

木村 プロジェクトが始まったのは私が定年した後の2007年10月のことで、定年前は健康保険組合の常務理事をしていました。

障害者雇用の方法のひとつに、企業単位で課せられている雇用義務をクリアするために、特例子会社に限って親会社の1部門と同じに見なす「特例子会社制度」がある。プロジェクトのスタート当初は、この制度を利用した、特例子会社による知的障害者雇用を考えていたという。

下村 特例子会社設立はどのような形で進めたのですか?

木村 私自身、最初のうちは障害者の皆さんの実情がわからなかったし、どうやって雇用を進めていけばいいのかもわかりませんでした。そこで、まず経営者団体の相談窓口に相談。そこで働く障害者と企業をつなぐ就労支援機関の存在を初めて知り、さっそく紹介していただいてサポートをお願いしました。

社長のひと言で決まった人事部内でのセンタ設立


坂根正弘会長がセンタを訪問

野路國夫社長とセンタ社員が懇談。

2007年12月には特例子会社設立準備グループが発足。08年1月には戦略検討会で最終承認を受けるまでにこぎつけた。ところが、この検討会で方針が大転換。本社人事部のなかに、ひとつの部門として知的障害者が働くビジネスクリエーションセンタを設立することになった。

下村 最終段階で部門構想に急転したのはどうしてだったのですか?

木村 実は野路社長のひと言がきっかけだったんです。
「特例子会社という形での雇用が、本当にノーマライゼーションなのか」と。最初は唖然としましたが、ノーマライゼーションという言葉の意味を考えれば、社員と接する社内部門のほうがいいのかなと思いました。
コマツの社風にはそのほうが合うということですね。

下村 部門設立が決まったとき、木村さんはどう感じましたか?

木村 正直、楽になりましたね。
会社経営となると、「本当に利益を生むのか?」といった心配事がいろいろありましたが、それらが吹っ切れたので。
もうひとつには、人事部が率先して障害者を雇い、「他の部門でもどうぞ」と言えるのは大きいなとも思いました。

下村 人事部が自ら雇って見せることに、大きな意味があると?

木村 ええ。それでこそ会社のなかで障害者雇用がうまくいく。僕はそう思っているんです。

下村 実際に雇用に至るまでの道筋を教えてください。

木村 ハローワークに求人を依頼し、採用面接の後、委託訓練制度(*)を活用した実習をへて勤務評価をし、合格するとトライアル雇用。さらに勤務評価で合否を決め、契約社員として本採用になります。雇用期間は1年間ですが、勤務評価によって雇用延長も可能です。実際にはほとんどが雇用を延長しています。そして最終的には、正社員としての採用も検討しています。まだその段階まで至った例はありませんが、やはり、会社に入ってきた障害者の方たちに希望を与えることが必要ですから。


下村 雇用後の周囲の支援体制はどうなっていますか?

木村 うちのセンタで行っている週1回の運営会議のほかに、当センタと就業・生活支援センター、ハローワークの雇用指導官、それに7つの障がい者就労支援センターで構成する「就労支援センター会議」を1、2カ月に1回開き、定着支援や就労の現状・評価、雇用計画、生活支援・指導などについて話し合っています。また、その会議では特別支援学校との連携も進めています。

「こんな仕事ができます!」と社内メールで各部門に呼びかけ

2008年4月から障害者委託訓練を始め、7月に第1次として6人を採用。これまでの4次にわたる採用で、現在では11人の知的障害者が同センタで働いている。就業時間は実働7時間30分。完全週休2日制で、給与は月13万円。有給休暇、社会保険のほか、原則として年2回の期末手当もある。

木村 最初は知的障害者の皆さんがどんな人たちなのかわからないので、不安はあったと思います。センタの仕事は郵便物の集配作業を中心に据えることにしたので、まず郵便物を担当する庶務の女性陣に集まっていただいて説明し、さらに10日間にわたってメール室に来てもらって、仕事ぶりを見てもらったんです。すると女性陣と彼らがとっても仲良くなって、そこから次第に理解が広がっていきました。

下村 今は郵便物の集配以外にも仕事の幅が広がっているそうですが。

木村 そうなんです。ほかにコピーや製本、書類のスキャンや複写、清掃など、大きく4つの作業形態で20の事業内容を掲げています。

下村 採用したばかりの頃は、社内に戸惑いなどはありませんでしたか?

下村 どうやってそんなに仕事が広がっていったのですか?

木村 1次採用をした当初は、彼らが郵便物の作業を覚えるのに「半年くらいはかかるかな」と思っていたのですが、なんと1ヶ月で覚えてしまい、短時間で作業をこなすようになりました。そうすると仕事にすきまの時間ができてしまうので、他の部門から仕事をもらってこようという話になりまして。社内メールで「お仕事のお手伝いができます!」と呼びかけたんです。庶務の女性陣を皮切りに、他部門からもいっぱい仕事をいただくようになり、今では毎日毎日、「お手伝い」の仕事があるんですよ。

下村 もう社内認知はかなり進んでいるわけですね。

木村 社内認知はもう完全に終わっていますね。ですから今は社内メールで「お手伝い」の募集はしていません。でも、郵便物の集配に使う台車には、今でも「こんな仕事ができます」という張り紙がしてありますよ(笑)。

1人で他部門に出かけていく「出張作業」

社内の他部門から持ち込まれる仕事を請け負うほか、同センタでは“出張作業”も行っている。知的障害のある従業員が、各部門に自分から出向き、コピーやシュレッダー、製本、封入れ、パソコン入力など、さまざまな作業をこなす仕組みだ。

下村 出張作業のアイデアはどこから生まれてきたのですか?

木村 きっかけは、健康保険組合からのインプット作業の依頼でした。その部署にあるパソコンでなければ入力できないので、「うちに来て入力してもらえないか」という相談があったんです。それがうまくいったので、他の部門からも依頼がけっこうくるようになりました。今では6部門に出張作業に行っています。

下村 まさに「必要は発明の母」だったのですね。

木村 はい。しかも、指導員もつかずに1人で行くのですから、まさにノーマライゼーションです。実際に出張で行くことで、「ああ、彼ら(障害者)は仕事ができるんだ」と、知的障害者に対する理解もますます深まりました。

下村 最初から1人で出張作業に?

木村 そうです。指導員も誰もつかずに、最初から「行ってらっしゃい」と。みんな出張した先で「ありがとう」と感謝され、「○○さんにほめられました」と、ニコニコして帰ってきますよ。

日誌が生み出す「5つの効能」

ビジネスクリエーションセンタでは、コマツについての知識を深め、業務やビジネスマナーを指導するだけでなく、算数・国語・専門用語の読み書きや発声練習などの教育も行っている。

下村 読み書きなどの指導を採り入れている理由は?

木村 スキルアップしていけば正社員になれるという夢と、その目標に向かって努力することが必要で、企業としてはハードルを設けていくことが役割だとも思っています。

下村 どんなハードルを設けているのですか?

木村 例えば、ほとんどの雇用先では漢字にルビをふっていると思いますが、うちはあえてルビをふっていません。わからなかったら自分で辞書を引いて調べなさい、と指導しています。“当たり前の社会”には、それに合ったやり方を教えてあげなければ。親御さんや特別支援学校で甘やかされて育ってきた人が多いようですが、自立、自活というなら、その甘えを捨て去らないとダメだと思いますね。厳しいですけど。

下村 「業務日誌」を書くことも日課にしていらっしゃるとか。

木村 はい。生活指導のひとつとして行っています。日誌には5つの“効能”があるんですよ。

下村 5つの効能?

木村 ひとつは体調管理。生活が乱れないための指導をきちんとしていける。第2には漢字の練習です。最初はひらがなが多かったのですが、漢字にするように言うと、彼らは辞書を引いて漢字を書くようになりました。また、パソコン入力の力を高めるために、1日1人はパソコンで日誌を書くよう指導しています。3つ目は、それを指導員が毎日読むので、コミュニケーションツールになることです。

下村 どのようにコミュニコケーションに生かしていくのですか?

木村 思ったことを率直に書いてきます。だから話題もできて、会話が促進される。僕たち指導員や管理する側にはとても嬉しいことです。また、それによって、僕たちの業務上の指示がよかったのか悪かったのかも確認できます。これが4つ目の効能。そして一番大事なのは「希望」で、日誌を書くことで明日への目標を持ち、それが彼らの希望につながっていく。

下村 日誌を読んでいて、新たに発見したことは何かありますか?

木村 障害者同士の人間関係ですね。例えばAさんがBさんのことをどう思っているか、Cさんをどう思っているかがよくわかる。関係がうまくいっていないときは阻害要因もわかりますから、その阻害要因をとってあげられるんです。

下村 障害者雇用というと、《障害者と健常者》というベクトルでばかり見がちですが、《障害者同士》の関係も忘れてはいけない要素ですね。

木村 ええ。《障害者同士の》というのがとても大事。会社に来る楽しさ、仕事の楽しさのなかには、「友だちに会える」というのがあるんです。

社内の雰囲気を明るくする「知的障害者の特性」を評価に反映したい

下村 もう4次採用まできていますが、先輩と後輩の関係はうまくいっていますか?

木村 新しく入った障害者従業員に対して、社内の健常者の指導員が教えることはほとんどありません。先輩が業務を教えることが当たり前になっています。

下村 どうしてですか?

木村 指導員が教えるより、先輩が教えるほうがわかりやすいんです。僕らがいくら教えてもうまくいかないのに、先輩が教えるとすぐに覚えてしまう。教わるほうには「自分も早く仕事を覚えたい」という意欲があるし、教える側には先輩としての自負と人に教える喜びがある。それに、きっと彼ら特有の回路もあるんでしょうね。指導員もジョブコーチも出番がない(笑)。
だから、最近は楽ですよ。最初は2人に1人くらいは指導員が必要かなと思って6人に3人つけたのですが、11人になった今でも指導員は3人で十分です。


下村 すると、コスト的にもずっと楽ですね。

木村 ビジネスクリエーションセンタは、本社1400人の間接部隊です。各部門で発生する仕事を、代替としてうちのセンタがやっている。本社のなかのひとつの部門として見れば、非常にうまくいっていると思います。

下村 金額や数字では表しにくい部分ですね。

木村 表せません。明るい挨拶だったり、思いやりだったり、正直さ、純粋さだったり。そうした雰囲気がコマツ本社に漂っている。知らず知らずのうちに本社の雰囲気がほんわかとして、明るい、いい雰囲気になっているんです。
それを数値にしてカウントしたら、センタの収支はどんどん上がると思います。知的障害者の皆さんの特性をきちんと評価し、給料に反映していける形にしていければいいですね。

下村 このプロジェクトの最終ゴールというか、夢はどんなものを描いていますか?

木村 みんながスキルを高めて、正社員として働き、結婚して、子どもをつくって、ちゃんと生活ができて……そういう当たり前のことができるようになればいいな、と。本人も親御さんも、生まれてきてからずっと苦労してきたでしょうから、その苦労が払拭できるようになるといいですね。コマツで。

下村 これから本当に、正社員に転じる人は出てきそうですか。

木村 はい。候補はもう5人も6人もいます。今年中には第一号が誕生するのではないでしょうか。

下村健一の編集後記


障害者雇用という永続するマラソンのトップランナー「日本理化学工業」(Vol.4)、中堅を走る「きものブレイン」(Vol.3)との対比で言えば、今回の「コマツ」は、いわばビギナー走者の範疇です。障害者法定雇用率1.8%も、この取材の直前(09年12月)に到達したばかり。そういう段階の会社は、どのようにATARIMAEプロジェクトに取り組んでいるのだろう?というのが、今回の取材の一つの注目点でした。
その答のポイントは、こうした“障害者雇用ビギナー”をサポートする外部の仕組が機能していることでした。「我々の既存の仕事を、障害者に振り向けた方が良いもの/そうでないものに“事業仕分け”してもらった」(木村さん)のを出発点に、ハローワーク、障がい者就労支援センター、障害者就業・生活支援センターなどの支援機関が、それぞれの役割分担で継続的に「コマツ」を支えているのです。これは、障害者雇用に踏み出すことに躊躇している多くの会社にとって、大変参考になることでしょう。

「コマツ」は、このクロストークで取材してきた他の職場よりも企業規模は遥かに大きく、社員の意識改革を浸透させるのも容易ではなさそうな図体です。しかし、社内出張というユニークなシステムにより、接点が出来た先々の職場では個別に確実に、社員達の意識は変わりつつあるようです。
例えば、動画リポートの中で、主人公・石井さんが出張先の他部署でブルドーザーの絵のスキャン作業を依頼されるシーン。あれはどういう仕事なのか、撮影後に私が石井さんに尋ねると、「これはコマツが子供達に募集したイラストで…」と、その企画全体の趣旨や、企画の中でこのスキャン作業が持つ位置付けまでをスラスラと説明してくれました。「このガラス面の上に絵を置いて、このボタンを押して」といった、作業手順の説明だけでも仕事としては出来るのに、作業発注者の宇佐見さん(動画に登場する女性)は、わざわざ仕事の意味まできちんと説明していたのです。その狙いを尋ねると、宇佐見さんはキョトンとしたような表情で即答してくれました。「仕事の意味を分かってもらうのは当たり前でしょう、石井さんは社員なんですから。」おっしゃる通り……。
出張先で知的障害者に新しい仕事の内容を説明するのは、健常者に説明する場合に比べて、確かに懇切丁寧さがより求められます。宇佐見さんはそれを「初めのひと手間」と表現しました。そこさえ配慮すれば、あとは大丈夫、と。これは、前回の取材後記で書いた「初めの一歩」と通じ合うキーワードかもしれません。
そういえば、この宇佐見さんは今、お腹に赤ちゃんがいるそうです。「この子が産まれてくる将来の社会の事を考えても、障害者雇用など《皆が生きやすい世の中》になってくれていることが、とても大きな安心材料」と、母親の表情でにっこり。自社の社風に《未来の安心》を見出せるって、実に幸せなことですよね。

石井さん達の所属するビジネスクリエーションセンタが「目指すもの」という標語の中には、《遅くても確実に業務をこなし、信頼を得たい》という一節があります。この“遅くても”という部分に、「慈善事業じゃあるまいし、営利追求の企業がそんな綺麗事を唱えていて成り立つのか?」と疑問を抱く人もいるでしょう。しかしこれは、「遅くても我慢しよう」という妥協的な意味ではなくて、「遅くても他にプラス面がある!」という確信の表れだと、私は木村さんの次の言葉から感じ取りました。
「知的障害者の良い特性がコマツ本社に漂い、知らず知らずのうちにほんわかとして、明るい、いい雰囲気になっている」
確かに、こうしたメリットは、現に存在しているにも関わらず、スピードや売り上げといった数値には全くカウントされないので、ビジネスクリエーションセンタの営業成績には現れません。しかしそれは、《数字に反映されない人がダメ》なのではなくて、《人が反映されない数字がダメ》なのです。こんな大切な効果を表現できない「数字」というものは、決して万能な指標ではなさそうです。過度な数字信仰は、大切なものを見落とすかもしれません。

―――この1年「クロス×トーク」でご紹介してきた5つの職場は、そんなATARIMAEの事に気づいた経営者や仲間達がいる所ばかりでした。

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