同人誌や書籍の編集者として、また五行歌人としても活躍する吉野比抄子さんと、同じく雑誌の編集長であり、文筆家でもある松浦弥太郎さんが対面! 編集業や文章表現を行う者同士が、心を開いて語った。仕事とは、書くとは、編集とは? 静かに深く、通じ合った。

 

二人のクロストーク

松浦弥太郎さん(以下、松浦):僕たちは、ほぼ同業者ですね。吉野さん、この仕事についたきっかけは?

吉野比抄子さん(以下、吉野):前の会社に勤めていた時、五行歌※をやっている人と出会って、五行歌を書くことを教えてもらいました。その時に編集という仕事に憧れて。それで今の会社に入りたいと何度かお願いして、入社できました。

松浦編集の仕事は、締め切りがあるから心の準備が大変ですよね。

吉野はい。締め切りが迫ってくると、緊張しますが、同人誌や本ができ上がっていく過程が好きですね。でき上がると、ちょっと寂しくなります。

松浦あぁ、よくわかるなぁ。旅行や読書と一緒で、終わっちゃうと寂しいけど、でも次がある。同じことの繰り返しのようだけど、過程の中で学びがあるからまた別の景色が見える。チャレンジや出会いを僕は大切にしています。

吉野はい、私もよくわかります。

松浦吉野さんは五行歌の歌人でもあるけれど、あなたにとって五行歌とは?

吉野私が病気になったのは2006年なのですが、入院中も自宅で療養していた間も、ずっと五行歌はつくっていました。父が「治る病気だから隠す必要はない」と言ってくれたので、病気の歌をいっぱい書いたんです。書いたものを客観的に何度も読むうちに、自分の中で昇華できるというか…。病気を受け入れることができたと思っています。五行歌のお陰で、生き返ることができました。

松浦吉野さんにとって、五行歌を書くってことが、かけがえのないことだったんだね。書くことは見つめ、対象を愛すること。病気も愛せるようになったから、乗り越えられたんだと僕は思うな。僕も何を書こうかなと思う時、自分が一番恥ずかしいこと、人には言いたくないことをあえて書こうと思うの。それは恥ずかしい自分と向き合って、受け入れることになるからね。

吉野私もその通りですね。私は病気になってよかったと思うんです。というのは、周りの人が見守ってくれているのがひしひしと伝わってくるからなんです。私の歌に「励まされました」と言われるのが一番嬉しいですね。

※「五行歌」とは…1957年、草壁焔太氏がつくった短詩形で、決まりは五行で表現するだけ。短歌の五七五七七にとらわれず、自由な呼吸でつづれることから、現在では世界中に愛好者がいる。

 

松浦:吉野さんは今の会社を一度退職しようとしたんですよね?

吉野:はい。失恋をしたことをきっかけに調子がおかしくなり、自分の思っていることが周りに伝わっているように感じたり、幻聴、周囲の人たちが私の心を盗んでいるように思ったり…。ある時心の中で、怒りを爆発させてしまったんです。それで、周囲から悪口の幻聴が聞こえ、いたたまれなくなって辞めてしまって。その後、パニックになって入院しました。もう仕事場には戻れないかなと思っていたのですが、会社の人たちはみんなとっても心配してくれて、「治ったら戻ってきていいよ」って。それで心底安心して復帰しようと決心しました。この会社でないと生きていけなかった。だから本当にいくら感謝してもし切れないです。

松浦:なるほどね。会社の人も五行歌をつくっている吉野さんと深くつながっていたからわかってくれたんでしょうね。僕も何より幸せなだと感じるのは、人と深くつながれた時ですね。仕事を通してつながれるというのは、スゴく幸せだよね?

吉野:ええ、本当にそう思います。

松浦:吉野さんにとって、仕事って何だと思う?

吉野:私は編集という仕事の中でものづくりの楽しさを味わっています。たとえば、歌集をつくる過程では作者とお話しながら心のつながりをつくることができるし、五行歌の同人誌の仕事では、見守ってくださる皆さんにありがとうと感謝の気持ちが湧いてきます。実は病気になってからのほうが、感謝の気持ちが深くなって、仕事も広がった感じがしています。

松浦:それはスゴいな。僕は仕事の中で人の役に立ちたいという思いが大きいんですね。高校を中退しているから、人の役に立つ機会が少ないと勝手に自己規制しているところがありました。だから、どんなことでもいいから、仕事を通して人の役に立てたらいいなと思っています。その仕事は人を幸せにするのか、何かの役に立てるのか、といつも考えています。

吉野:わかります。今までは人のためとかあまり考えていませんでしたが、病気をしてから、支えてくれた皆さんに、何かお返ししたいなという気持ちが湧いてきました。自分が何かの役に立つことができるか、もっと考えていきたいです。

松浦:吉野さんには五行歌を書く、という出合いがあった。僕も文章を書いて自分らしさを出せる。真っ直ぐ自分らしくいられる僕たちは幸せだね。吉野さんは、新たにチャレンジしたいことってある?

吉野:母も五行歌をやっているので、いつか母娘合作の歌集をつくりたいです。私が入院した時、私は母が出てくる五行歌をつくったんですが、母は母でその時の歌をつくっているので、私の歌と母の歌を並べた合作歌集をつくりたいなって。

―ここで、吉野さんがつくられた五行歌を、吉野さん自身に朗読していただきました。

吉野
 

松浦:自分の書いたものを声に出して空間に放つって、書いたものを愛する行為だと思うな。五行歌は自分の友だちのようなものだから、もっともっと仲良くして、ぜひ、お守りにしてください。僕は自分の力加減を知っているから無理はしない。「良い加減」がいいと思うんです。「いいかげん」じゃないよ(笑)。だから、会社の予定表にも「ブラブラする」というのを入れておくの。ブラブラしてる時に見るものが仕事に役立つことはいっぱいあるから。人間、もっとブラブラしなきゃ。そうやって良い加減で生活するようにしています。

吉野:病気の人がスゴく励まされる話ですね。私も何でもいいから少しずつトライして、良い加減にやっていきたいです。

■幼い頃の夢は?
 吉野さん 花屋さんと、動物が好きだから獣医でした
 松浦さん 卒業文集には「みんなに好かれるカレーライスになりたい」と書きました。
一生の目標は、松浦弥太郎になること

■リスペクトしてる人は?
 吉野さん 大好きなのは関口知宏さん
 松浦さん 中学の時、詩集に出合ってから長く片思いしている高村光太郎

■好きな言葉は?
 吉野さん 私の五行歌を読んだ人からもらう「励まされました」という言葉
 松浦さん 暗闇の中の明かりのように大切にしているお守りの言葉が「正直・親切」

■趣味は?
 吉野さん 合唱。女性8人の合唱団「クボスコディミカ」で活動しています
 松浦さん 旅。どこか知らないところに行くこと

■初めての給料、どう使った?
 吉野さん お母さんに生活費として3万円入れました
 松浦さん 中学2年生の時、建築現場でアルバイトをして稼いだ4000円で、『少年ジャンプ』を買いましたね

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