高級ホテルの客室を担当し、後輩への指導にも力を注ぐ三浦雄一郎さんと、「手話検定2級」の資格を持つ西村知美さんがご対面。マラソン大好きのふたりは、ゴールのあるマラソンの達成感と、ゴールのない仕事感を、口話を交えつつ手話トーク!
二人のクロストーク
西村知美さん(以下、西村):三浦さんから教えていただいたベッドメイキング、けっこう重労働ですよね。どうです? 大変じゃないですか?
三浦雄一郎さん(以下、三浦):初めは大変でした。でも、働いているうちに、だんだん慣れてきて、今のようにできるようになったんです。今ではベッド1台を15分でセットできます。最初は下手で、1時間くらいかかってましたけど(笑)。
西村:お仕事を始められて、もう何年に?
三浦:今年(2009年)の4月で9年目に入ります。
西村:では、もう後輩もいっぱいいらっしゃって、三浦さんが後輩の指導をされることもあるんでしょうね。職場の方たちとのコミュニケーションは手話で?
三浦:いえ、ほとんどが口話ですね。新入社員の研修の講師もやりますが、手話を使わないから、初めは私が聴覚障害だってことがわからない人もいるようです。
西村:それにしても、口の形で何を言っているのか、全部わかっちゃうんなんてスゴい!
三浦:小・中・高校と聾学校に通ったんですが、当時の小学校は口話法のみの教育でしたから、手話をやりはじめたのは中学校に入ってからです。今は、健常の方とは口話ですが、聴覚障害の友人や仲間だと手話でのやり取りが多くなりますね。
西村:先ほど、きっと先輩かな? 手話でやり取りされているところを拝見しました。
三浦:聴覚障害のある社員は私以外にも何人かいますし、口話で通じないとすぐ手話で伝えてくれる先輩もいます。手話を勉強している社員も多いと思いますよ。
西村:なんて、素晴らしい会社! 嬉しいですねぇ。私も、手話はちょこっと習ってるんですが、使わないと忘れちゃうんですよね。だから、こうして三浦さんとやり取りしていても、間違っていることがあるかもしれません。何か間違っていたら教えてくださいね。
三浦:私よりうまいですよ!! 西村さんのような有名なタレントさんと手話で会話できるなんて、夢にも思っていませんでしたよ。そういえば、西村さん、28種類の資格を持っているんですよね?
西村:えーっ! よくご存じで。芸能界って、いつ仕事にあぶれるかわからない世界なんですよ(笑)。だから、仕事がもらえなくなっても生きていけるようにってね。
三浦:でも、尊敬しますよ。
西村:そんな、そんな、ありがとうございます! 資格取得のことはよく話題になって、「知美さん、タレントのお仕事だけじゃなくて、本当にスゴいですね」なんて言われるんですが、私は勉強する過程も楽しんでいるんです。芸能界とは違う世界のお友達もたくさんできますしね。
三浦:うん、うん。
西村:それと「手話は、やっぱりボランティア活動のため?」って聞かれますが、私はボランティアとは思ってなくて、アメリカの人と話すために英語を習おうとか、フランス語の映画を字幕なしで理解できるようになりたいとか、それと一緒のこと。手話もひとつの言語、文化だと思ってますから、お友達の輪を広げるために手話をやりたいなって。何か新しいことができるようになるって面白いし、嬉しいですよね。三浦さんにとっての仕事の面白さって、どこにあります?
三浦:一見、同じ仕事の連続のようですが、ホテルの部屋は、大きい部屋もあれば小さい部屋もあって、それに、部屋によってベッドや家具、備品などが置かれている位置や向きが違います。だから、その違いに臨機応変に対応しなければならならないんですよね。部屋が違っても、きちんとやらなければいけないことに違いはありませんので大変ですが、逆に、経験を積めば積むほど、「どんな部屋でもできるぞ!」という自信がどんどん付いてくる。それが、この仕事の面白さです。
西村:おーっ! でも、そんな三浦さんでも、何か失敗してしまったことってあります?
三浦:あー、はい(笑)。もうずっと前のことですが、バスルームにタオルを入れるのを忘れてしまって…。客室係としては致命的な失敗です。その時は、先輩にキツく怒られちゃいました。
西村:どんなふうに怒られたんですか?
三浦:バスルームがあるのに、タオルがないってことは、お客さんにとって、どういうことか、それをよく考えてって。あまり思い出したくない思い出ですね(苦笑)。
西村:なるほど。今はもう失敗はないですか?
三浦:えーっと (笑)、はい、できるだけ失敗しないように頑張っています。
西村:三浦さんは、仕事に対するこだわりだとか、何かありますか? うーん、何か誇りに思っていることとか、ちょっと教えてください。
三浦:私の後に入ってきた聴覚障害の後輩がいるんですが、仕事を教えて育てていくことは楽しいですし、後輩が成長していくということが自分の誇りになっています。何より、同じように障害のある仲間が同じ職場にいて、その仲間たちと一緒に頑張れることがいいですね。このホテルニューオータニに入社していなければ、出会えなかった仲間ですから。
西村:三浦さんのベッドメイキングの指導、スゴくていねいでわかりやすかったですし、こうしてお話をお聞きしていても、三浦さんが心から仕事を楽しんでいらっしゃることが伝わってくるんですが、仕事を辞めたいと思ったこともあるでしょ?
三浦:(きっぱりと)ないです! ニューオータニに入社できたことを感謝していますし、仕事が本当に楽しいですから、辞めたいと思うようなことは全然ないです。
西村:うわー、そこまで言えるって素晴らしい!
三浦:西村さんは、仕事を辞めたくなることってあるんですか?
西村:私はもう芸能界に20年以上いるんですが、結婚して、娘が生まれて、その当時は娘とできるだけ一緒に過ごしたいと思ったので、辞めたいというか、少しお休みしたいなって思った時期はありましたね。でも今は「継続は力なり」っていうように、ツラいことがあっても続けていこうと思っています。皆さんからお仕事をいただいていることは、本当にありがたいことですから。
三浦:ありがたい…。そうですね。「ありがたい」っていう気持ちを持つこと、大切ですね。
西村:そう! そう! 若い頃のことなんですけどね、先輩のタレントさんから、かなり厳しい注意を受けたことがあって、その時はものスゴい落ち込んじゃったんです。もう泣きたいくらいに…。でもね、後になって考えてみると、私のことを思って、あんなに厳しいことを言ってくれたんだな、と。言われた瞬間はショックな言葉でも、実はありがたい言葉だったりすることって多いんですよね。今まで仕事を続けてこられたのも、周りの人たちの支援のおかげだと思っています。お仕事が続けられる源って何でしょうか?
三浦:私も一緒に働く仲間がいるから、仕事を続けられるんだと思いますね。もちろん、仕事ですから、ツラい時もあります。でも、仲間がいるからこそ、やっぱりがんばれる。
西村:お客さんから「ありがとう」って言われたりするのも、嬉しいんじゃないですか?
三浦:はい。スゴく嬉しいです。仕事柄、お客さんと直接お会いする機会はそう多くないのですが、「ありがとう」と言っていただけたり、声をかけていただけると、やっぱり感激しますね。
西村:うん、うん。たとえば、どんな「ありがとう」に感激しました?
三浦:廊下を歩いていた時、じっと立ったまま動かないお客さんがいたんです。あれっ?と思ってお近くまで行ったら、私の腕を握られたので、ああ、と思って(目が見えない方だと思って)。それで、「どこへ行かれたいのですか?」と声をかけて、そのお客さまと一緒にエレベーターに乗って、目的の場所までお連れしました。その時に「ありがとう」と言っていただいたこと。これは、スゴく嬉しかったですね。
西村:わぁ、素敵なエピソードですね。大勢のお客さんが訪れるホテルですから、障害のあるお客さんも、もちろんいらっしゃいますよね。
三浦:ええ、そうですね。そういえば、こんなことがありました。お部屋に入られてから、フロントから何かの連絡のために電話入れても出られないので、ちょっと様子を見てきてと頼まれたんです。おうかがいしてみたら、ドアが開いていたので、その部屋のご夫婦ともに聴覚障害者だとわかったんです。それで「私も聴覚障害者です」とお伝えして、「部屋にFAXを設置しますから、何かありましたら文字で連絡してくださいね」と。さっそく電話機をFAXに交換して接続しました。とても安心してくださったようで、私も役に立てて良かったなと。そのご夫婦の「ありがとう」にも感激しました。
西村:へぇー! そういったこともあるんですね。お客さんも、三浦さんのようなスタッフと会えて、心強かったでしょうね。絶対!
西村:まさしく頼れるホテルマンの三浦さんですが、こんなに生き生きした働きぶりですから、きっとご家族も喜んでいらっしゃるでしょ?
三浦:私の耳が聞えないとわかって、口話を徹底的に指導してくれたのは母なんです。家庭教師まで付けて、とことんでした。でも、それがあったからこそ、今こうして働けているんですよね。だから、絶対に恩返ししなければと思ってます。
西村:うん、うん。私も自分が母親になってみて、親の存在ってかけがえのないもの、本当にきちんと感謝しなきゃって思うんですが、照れくさくもあって、なかなかできないですよね。三浦さん、ご家族にどんな恩返しがしたいですか?
三浦:生まれ故郷の横浜に一戸建ての家を建てることです。
西村:えーっ、それは大きな夢! 横浜でしょ、高いよー(笑)。
三浦:はい、高いのは覚悟で(笑)。でも絶対に、本当に実現したいです。
西村:じゃあ、ますますがんばって仕事して、お金を貯めて、ぜひ理想のお家を建ててあげてください。お母さまもきっと、なぜお母さんが厳しいのか、三浦さんがよくわからないくらい幼い頃から、この子の将来のためにって、ものスゴい努力をされたんでしょうね。ちょっとマジメな話ですが、三浦さんは、障害があるゆえに仕事が大変だなって感じることってありますか?
三浦:やっぱり、聞えないから、入ってこない情報も実際にあります。知らないうちに、周りで何か予定外の仕事が進められていたりした場合とか。でも、だから大変だとは思わないですし、「聞えないから知らなかった」とは言いたくないです。何か様子が変化していたら、自分から積極的に内容を聞きに行って、一緒に仕事を進めるようにしていますね。そうすることで、自分も仕事に加われるし、人の役に立てることを楽しんでいます。
西村:じゃあ、後輩もどんどん増えるわけですし、頼れる先輩ではないですか! 後輩から何か相談されることもありますか?
三浦:ありますね。聴覚障害のある後輩からは、職場でのコミュニケーション方法についてよく聞かれます。ケータイのメールで送られてくる相談もありますね。私は、けっこう能天気なところがあるので、「あまり落ち込むと良くないよ」って、そんなアドバイスをすることが多いですけど。ただ、「そんなに悩まなくてもいいからね。ただし、仕事での緊張感は保つようにしようよ」と、ちゃんとしたことも言ってます(笑)。
西村:おお! 良き先輩ですね。
三浦:ちょっと、私からも西村さんにお聞きしたいことがあるんですが…。
西村:はい、どうぞ、ぜひ!
三浦:西村さん、マラソンをやっていらっしゃいますよね? テレビ番組で100㎞マラソンに挑戦されている様子を見てました。私は、学生時代は陸上をやっていて、全国聾学校陸上大会ではリレーで準優勝したこともあるんですが、社会人になってからは、ハーフマラソン止まり。フルマラソンには出たことがないんです。それで、今年はフルマラソンに挑戦する予定なんですが、何かアドバイスいただけませんか?
西村:いやー、アドバイスなんて! ぜひ挑戦してくださいってことだけです。私、走る前も、走っている最中も「こんなツラいことは、もうイヤー!」って感じだったんです。それがゴールした途端、違う感情がワーッと湧きあがってきて、「私にもやれた! さあ、次の目標は…」ってなっている。不思議ですよねぇ。仕事でも、ひとつ目標をクリアできたら、また次の目標がほしくなりますよね。「継続は力なり」って言うけど、仕事でもマラソンでも、それを実感するからこそ、「まだまだ続けてやるぞーっ!」って頑張れるんですよね。
三浦:そのイメージ、わかります。西村さん、今日、継続は力なりって2回言いましたよね。私も好きな言葉です。決意できました! 絶対にフルマラソンに挑戦します!
西村:そう、フルマラソンにも挑戦して、仕事でも新しいことに、ぜひどんどんチャレンジしてください。
三浦:はい。私、目標あるんです。今は客室を専門に担当していますが、ニューオータニには、フロント、レストラン、宴会場と、いろいろな仕事がありますから、これからは、まずはそれを全部経験してみたいと思っています。それで最終的には、あらゆるお客さんと接することのできるフロントを目指したい。フロントで活躍することは、大きな目標のひとつですね。聴覚障害のある先輩がすでにひとり、フロントにいるんですが、私もそこにたどりつきたいと思ってます。
西村:これから春になると、また新しい後輩が入社されますよね。その時も、また三浦さんが先生に? 指導役でしょ?
三浦:はい、おそらく。人に仕事を教えることは、自分の勉強にもなりますから、ぜひやりたいです。
西村:またまた頼もしい! 際限のない向上心、素敵です。
三浦:ありがとうございます。いつかフロントに立って見せますから、ぜひ当ホテルへ! もちろん、私がご案内します(笑)。
■幼い頃の夢は?
三浦さん システムエンジニア。子どもの頃からパソコン大好きでした
西村さん 子どもの頃は「夢は?」って聞かれてもよくわからなくて。「大きくなったら考えます」って応えていました(笑)
■リスペクトしてる人は?
三浦さん 今まで育ててくれた家族、先輩たち
西村さん 前向きで、欠点さえも長所に変えられる人かな? リスペクトする人が多すぎて、特定の名前が応えられません。
■好きな言葉は?
三浦さん 「継続は力なり」。陸上をやっていた学生のころから変わりません
西村さん 「幸せは、いつも自分の心が決める」。それと「食べ放題」です(笑)
■趣味は?
三浦さん 甘いお菓子の食べ歩きとマラソン
西村さん 温泉巡り
■初めての給料、どう使った?
三浦さん 少し貯金して、生活費として使って、残りは通勤用の服をたくさん買いました
西村さん 大好きな絵本をたくさん! 大人買いしました