<プロフィール> 2003年からヤマト運輸株式会社代表取締役社長を務め、2005年に退任。その後ヤマト福祉財団理事長に就任。同財団では心身に障がいのある人々の「自 立」と「社会参加」支援を目的に、障がい者施設の職員を対象にした教育研修、障がい者の働く場づくりなど障がい者就労に関する様々な支援事業を行ってい る。
―「サービスが先、利益は後」小倉イズムを体で覚えたヤマト時代 ―
大塚:私は2000年の春から小倉昌男さんとのご縁をいただいて、亡くなられるまでの5年間いっしょに仕事をさせていただいたんですが、山崎さんはもっと 長くヤマト運輸時代から小倉さんとお付き合いされてこられましたね。山崎さんにとって小倉さんはどのような方だったですか?
山崎氏:小倉さんはね、”決めたことにブレがない”。”方針が明確”、それから”権力や圧力に屈しない”。だから現場の責任者も迷いが生じない。シンプル だったし、わかりやすかったですね。宅急便を始めたのがヤマト運輸にとっては転換期でね。当時私は首都圏支店の営業課長でしたが、既存の大口の顧客を断る という話の時には小倉さんが自ら営業所に来られて全員の前で話をされましたよ。「地下にはまだ見えない水脈がある、井戸を掘っていけば出てくる」とね。一 般の小口のお客さんのことですが、当時は家庭の主婦が荷物を送りたくても郵便局でしか送れない時代でね。そのニーズを地下水脈になぞらえて、それを探りあ てる仕事に切り替えるって言う。”今ある大口のお客さんお断りしてしまって本当に大丈夫なのか?”と思いましたが、必死でやりましたよ。トップの生の声を 聞いていますから。
山崎氏:それから2年、3年。大変なこともありましたが、荷物はどんどん増えて実績が目に見える。しかもドライバーはお客様から「「ご苦労様、ありがと う」って声をかけてもらえる。仕事をする喜びを肌で感じることができましたよ。でも、宅急便を始めて5年目。「荷物が遅れることがございます」というポス ターを貼ることになってね。企業の体制や器以上に社会の期待やニーズのほうが大きくなってしまったんだね。
翌日配達を売りにしていたのに、処理できない量を抱えることになってしまって、我々は当時、それを屈辱的ポスターって呼びましたよ。
大塚:そこがヤマトのすごいところですね。パンクするくらい注文がきたら、「自分たちがやっていることが評価されたんだ」と現場も経営者も喜んで祝杯のひとつでもあげるものですが、ヤマトは「お客様の期待にこたえられなかった」と屈辱ととらえる。すばらしい文化ですね。
山崎氏:社会の期待やお客様のニーズを消化しきれていないと思ったからね。そこで小倉さんは翌年、『ダントツ3ヵ年計画』をたてたんですよ。サービスで断然一番になろうよと。
その時に「サービスが先、利益は後」という言葉がうまれたの。それから3年間は収支のことは一切言わないと店を作ってたくさん従業員を採用した。
それでもまだ小倉さんの思うレベルには達しなかったんだろうね。さらに3年、そしてさらに3年、計9年間のダントツ計画を実行しましたよ。確信を持って9年間継続した。
高い志、洞察力、経営決断、何をとってもすごい、歴史に残る大経営者ですよ。
―小倉さんから学んだ リーダーの軸がブレないこと―
大塚:私ね、ヤマトにはヤマトの社員だけが通じる独特の共通語があるなあと思うんですよ。「サービスが先・・」もそうだし、「ヤマトは我なり」とか「ダントツ」とか。とてもわかりやすい言葉ですよね。
山崎氏:納得性がありますよね。理念を言葉だけに終わらせないで具現化しているし、何より優先順位を明確にしている。いろんな目標があってどれもおろそかにはできないけど、経営ではやっぱり優先順位をつけることは大事ですよ。
ヤマトの場合はまず『人命尊重の経営』『安全第一、営業第二』。人の命をおろそかにするような営業行為はない。「安全第一、営業第一、両方も」というのはありえない。それが社員全員に浸透しているから現場もぶれずに対応できる。
それからもうひとつ、我々はそれを『みかん事件』と呼んでいるんだけど。ちょうど宅急便が成長してきた時に、あるお客様のダンボールからこぼれ落ちたみかんをある社員が食べたんですよ。小倉さんはその社員を解雇しましたね。
『やっていいことと、やっちゃいけないことのケジメのつけ方』をピシッと社員に示したんですよ。そういう意味でリーダーの軸がぶれないってことは本当に大事だと思いますよ。
大塚:よく『小倉イズム』って言うでしょう?私の中には自分でイメージする小倉イズムがあって、仕事で何かあると「小倉さんだったらこうはしないだろう な」とか「小倉さんならきっとこうするだろうな」と考えるんですよ。気合を入れなきゃいけない時は特に・・・。山崎さんにとって小倉イズムを言葉にすると どういう表現になりますか?
山崎氏:真心と思いやり、誠心誠意、量の多寡を問わず一生懸命やること。小倉さんは『庶民感覚』ということも言っていたけど、志はとても高い次元を目指しておられましたね。
―何を喜びに働くのか?仕事に大事なのは動機づけ―
大塚:ヤマト福祉財団は障がい者の自立と社会参加という目的を持って、それを具現化するためのさまざまな活動をやっていらっしゃいますが、現在の活動や山崎さんの日々の仕事についてお話いただけますか?
山崎氏:小規模作業所の職員を対象にした「小規模作業所パワーアップセミナー」、高い賃金を払える作業所をつくる「障がい者の働く場づくり応援プロジェクト」をやっています。
スワンベーカリーやスワンネットといった事業もサポートしています。私はね、この福祉財団に来て初めて、障がい者の人々の「自立」はどうあるべきかという 課題が長く据え置かれていたことを実感しましたね。ゴール(到達点)はどこかわかっているんだけど、そこまでの道のりは遠いなあというのが実感ですね。
でもね、気運はできつつある。風向きも変わってきた。数はまだ少ないけど、志もエネルギーもある人が行動を起こして周囲を上手に巻き込んでいる。
それらをさらに広めていこうという意味で財団のパワーアップセミナーや事業があって、私はそこで成功体験のヒナ型を作っていきたいと思っているんですよ。 財団のセミナーを受講した人は約3000人。蒔いた種は少しずつ芽を出していますが、根付くにはまだ時間がかかりますね。
大塚:私は初めて作業所を訪れたとき、障がい者が下請け作業を黙々とやって働いて得られる賃金が月1万円というのにショックを受けたんです。同時に、作業 所の職員さんの意識が自分とまったく違う次元であるということもショックでした。山崎さんはヤマト運輸という企業からこの世界に入られましたが、作業所と そこで働く人たちがどのように目に映りましたか?
山崎氏:人として基本的なものはどの世界も同じだと思いますよ。でも福祉作業所の職員さんたちは今ある状態が当たり前、作業所とはそういうものだと皆思っているんじゃないかな。
一生懸命やっているんだけど、楽しく過ごせればいい、笑顔で毎日来てくれればいい、と目の前のことに精いっぱいで使命とか動機づけという話には至っていな い。そもそも障がい者に外に出てもらうのが目的だったでしょう?作業所は集う場であって働く場ではなかった。一生懸命働いてもらおうとすると彼らが楽しく 過ごせない、という意見が聞かれたりする。たとえばね、ヤマト運輸で働いている人たちはお客様のために働くという喜びが動機づけになっています。荷物を届 ける仕事が人と人の距離を縮めるってことを日々実体験しているから使命感も強いですよ。
「作業所の使命って何ですか?」と問われた時に、「面倒見る こと」しか与えられていなければ自然とそうなっちゃう。それは個人の資質の問題ではなくて、動機づけの問題のほうが大きいと思いますよ。小倉さんはそこに 気づいたんだね。パワーアップセミナーで「あなたがた、本当にそれでいいんですか?」、「働く権利を奪っていませんか?」と辛辣に問いかけた。歴史的な背 景や社会インフラ、コンセンサス、いろいろな状況はあるけど、人間としてどうあるべきかを小倉さんは問いかけたんですよ。
大塚:確かにそうですね。私もこの仕事をするまでは、障がい者の働く場の現状に対する問題意識なんて考えたことがなかったです。
山崎氏:外国人が日本に来て「障がい者が街に出ていませんね」と言うよね。一般社会に出ていないってことですよ。
やっぱりそれは変えていかなきゃね。ゴールの置き所を変えていかないと。基本的に人間は自らの力で働いてお金を得て、自ら消費する。これは障がいがあって もなくても人に共通する喜びだと思いますよ。経済力がないということで、遠慮したり、家族に気を使わなければならないのはよくないですよ。自分のお金で旅 行に行くのと、家族にお願いして連れて行ってもらうのとは喜びが違うでしょう。
そこでどうするかって知恵出しの時に大塚さんの出番だね。時代はフォローですよ、現実はアゲインストだけどね(笑)
―ゴールの置き所を間違えない 優先順位をしっかりつける―
大塚:福祉起業家になりたい人たちにメッセージをいただけませんか?
山崎氏:やるべきことは大体みんなわかっていてね、ただ、実際にやるかやらないかだけ。当たり前のことを自らが毎日繰り返しやること。
そうすれば一気にはゴールまで行けないけど、振り返ったら足跡がいっぱいついていて確実にゴールまで近づいていると思いますよ。ただ、先にも言ったけど、ゴールの置き所を間違えないこと、物事に優先順位をつけることは忘れちゃいけないですね。
大塚:なるほど。リーダーとして必要なことですね。目的や目標からぶれないこと、優先順位、スタッフへの動機付け、それを愚直にやり続けるということですね。それは大企業のヤマトでも福祉起業家がやろうとしている小さな会社でもあっても変わらないですよね?
山崎氏:変わらない。志のある企業で、社会に益のある財あるいはサービスを提供し続けて、そこでお客様にありがとうと言われることを励みにする。
それは大きな企業でも小さな会社やお店でも何も変わりませんよ。そして最後はやっぱり『あせらず、あわてず、あきらめず』。何事も育つまでには時間がかかるもの。
稲だって梅雨どきの雨と、夏場の照りつける太陽と、秋に涼しい風に吹かれてようやくたわわに実るでしょう?なんでも時間がかかるっていうことだよ。私もまだゴールに向っている途中ですよ。